1: 2017/09/18(月) 19:24:05.12 ID:CAP_USER9
阪神・狩野恵輔外野手(34)が18日、西宮市内で引退会見を行った。狩野は群馬県出身。前橋工高から2000年にドラフト3位で入団。
07年4月20日の巨人戦(甲子園)でプロ初安打となるサヨナラ打を放ち、翌日の同戦には初本塁打を放った。09年には捕手として127試合に出場しブレーク。しかし、今季は若手の台頭もあり、出場5試合にとどまっていた。一問一答は以下の通り。
(代表質問)
「本日はお忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます。私、狩野恵輔は今シーズンをもって、引退を決意したことを報告いたします」
--今の心境
「そうですね。今はスッキリしています」
--決意するまでは葛藤があった
「やっぱり決める前までは、いろいろ葛藤はありましたけど、決めてからは思い切って野球ができていると思います」
--引退を決めた一番の要因は
「やっぱり自分の実力というか、そういうのがだいぶ落ちてきたなっていうのが。そのときにそろそろ引き際かなと」
--いつごろに決めた
「引退というか、今年のシーズンに入る前に覚悟を決めて、なるべく1軍の戦力としてできるようにと思ってやってきましたけど、開幕してすぐファームに落ちて、なかなか上がらなかったので、その辺でも自分の中で駄目なのかなと」
--自分で決めたのか、誰かに相談したのか
「決意は自分の中だけですね」
--いつごろ、その決意が大きくなったのか
「7月の終わりですね、最後ですね。そのときには引退しようかな、という気持ちになりました」
--その後も1軍出場があったが
「少し(気持ちが)固まりつつありましたけど、そこでできればまだできるかな、という気持ちもありましたけど、結果、3打席立って凡退してヒットを打てなかったので。最後、三振したときにもう無理かなと」
中略
--金本監督には
「僕がファームに落ちた後(9月4日)広島との3連戦があったんですけど、3連戦が終わった夜に電話しました」
--どんな言葉を
「お疲れさま、と。いずれ時間があったら飯でもいこうと」
--17年間の思い出は
「思い出はいろいろありますけど、普段のみんなとの会話だったり、会話が一番印象に残ってるというか、楽しかったです」
--プロ初安打、サヨナラ安打を思い浮かべるファンも多い
「あのシーンは本当に、まだ僕の実家に飾ってありますし、印象に残る一打でしたけど。他にもいろいろ思い出深い一打だったり、キャッチャーとしても思い出深いシーンもあるので、これっていうのは難しいですけど、サヨナラは自分の中でも大事な思い出ですね」
--翌日は初ホームラン
「手応えもありますし、あのときはできすぎやったなと今でも思いますね」
--波瀾万丈な野球人生
「なかなか普通の野球選手じゃ経験できないようなことをいっぱいしてきたので。それは自分の財産で。これからも胸に刻んでいきたいです」
--けがや育成経験もあった
「辛い時期も長かったですけど、それを超える楽しいこともいっぱいあったので。僕は本当に幸せな17年間でした」
--一番の支え
「やっぱり仲間とか家族とか。僕も周りの支えてくれる人に支えられたと思います」
--育成からもはい上がった
「野球が好きで、野球しかできなかったので、それができたというか。復活と言われますけど、僕は大好きな野球をやってきただけです」
--野球が嫌になることもあったか
「もちろんけがしてるときは嫌というか、しんどかったけど、好きな野球なので我慢できました」
--狩野選手にとって甲子園球場とは
「世界一です。それ以外の言葉はないです」
--いろんなファンからの声援があった
「それで僕はすごい助けられました。チームメートもそうですけど。いろんな先輩もいますけど、阪神でこれだけ愛された人間はいないと思います」
全文
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170918-00000551-sanspo-base
引退会見に臨む阪神・狩野=兵庫県西宮市の球団事務所(撮影・村本聡)(写真:サンケイスポーツ)

07年4月20日の巨人戦(甲子園)でプロ初安打となるサヨナラ打を放ち、翌日の同戦には初本塁打を放った。09年には捕手として127試合に出場しブレーク。しかし、今季は若手の台頭もあり、出場5試合にとどまっていた。一問一答は以下の通り。
(代表質問)
「本日はお忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます。私、狩野恵輔は今シーズンをもって、引退を決意したことを報告いたします」
--今の心境
「そうですね。今はスッキリしています」
--決意するまでは葛藤があった
「やっぱり決める前までは、いろいろ葛藤はありましたけど、決めてからは思い切って野球ができていると思います」
--引退を決めた一番の要因は
「やっぱり自分の実力というか、そういうのがだいぶ落ちてきたなっていうのが。そのときにそろそろ引き際かなと」
--いつごろに決めた
「引退というか、今年のシーズンに入る前に覚悟を決めて、なるべく1軍の戦力としてできるようにと思ってやってきましたけど、開幕してすぐファームに落ちて、なかなか上がらなかったので、その辺でも自分の中で駄目なのかなと」
--自分で決めたのか、誰かに相談したのか
「決意は自分の中だけですね」
--いつごろ、その決意が大きくなったのか
「7月の終わりですね、最後ですね。そのときには引退しようかな、という気持ちになりました」
--その後も1軍出場があったが
「少し(気持ちが)固まりつつありましたけど、そこでできればまだできるかな、という気持ちもありましたけど、結果、3打席立って凡退してヒットを打てなかったので。最後、三振したときにもう無理かなと」
中略
--金本監督には
「僕がファームに落ちた後(9月4日)広島との3連戦があったんですけど、3連戦が終わった夜に電話しました」
--どんな言葉を
「お疲れさま、と。いずれ時間があったら飯でもいこうと」
--17年間の思い出は
「思い出はいろいろありますけど、普段のみんなとの会話だったり、会話が一番印象に残ってるというか、楽しかったです」
--プロ初安打、サヨナラ安打を思い浮かべるファンも多い
「あのシーンは本当に、まだ僕の実家に飾ってありますし、印象に残る一打でしたけど。他にもいろいろ思い出深い一打だったり、キャッチャーとしても思い出深いシーンもあるので、これっていうのは難しいですけど、サヨナラは自分の中でも大事な思い出ですね」
--翌日は初ホームラン
「手応えもありますし、あのときはできすぎやったなと今でも思いますね」
--波瀾万丈な野球人生
「なかなか普通の野球選手じゃ経験できないようなことをいっぱいしてきたので。それは自分の財産で。これからも胸に刻んでいきたいです」
--けがや育成経験もあった
「辛い時期も長かったですけど、それを超える楽しいこともいっぱいあったので。僕は本当に幸せな17年間でした」
--一番の支え
「やっぱり仲間とか家族とか。僕も周りの支えてくれる人に支えられたと思います」
--育成からもはい上がった
「野球が好きで、野球しかできなかったので、それができたというか。復活と言われますけど、僕は大好きな野球をやってきただけです」
--野球が嫌になることもあったか
「もちろんけがしてるときは嫌というか、しんどかったけど、好きな野球なので我慢できました」
--狩野選手にとって甲子園球場とは
「世界一です。それ以外の言葉はないです」
--いろんなファンからの声援があった
「それで僕はすごい助けられました。チームメートもそうですけど。いろんな先輩もいますけど、阪神でこれだけ愛された人間はいないと思います」
全文
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170918-00000551-sanspo-base
引退会見に臨む阪神・狩野=兵庫県西宮市の球団事務所(撮影・村本聡)(写真:サンケイスポーツ)

7: 2017/09/18(月) 19:28:25.69 ID:qZhcfuVJ0
能見さんは狩野が捕手をした時が一番良かったような
9: 2017/09/18(月) 19:29:51.49 ID:mQmmXDTq0
>>7
うむ
うむ
12: 2017/09/18(月) 19:31:03.19 ID:XI3zTwDu0
浅井かと思ったら狩野だったのか
19: 2017/09/18(月) 19:35:22.42 ID:0Usg+H200
怪我無くキャッチャーやれてたらなぁ
23: 2017/09/18(月) 19:37:44.72 ID:vfFjl23m0
阪神に多い捕手くずれの1人というイメージ。
結局、今シーズンも梅野だか坂本だか決まらず。
原口以下は忘れられ…
結局、今シーズンも梅野だか坂本だか決まらず。
原口以下は忘れられ…
25: 2017/09/18(月) 19:39:06.88 ID:uupG29IR0
ヘルニアやっちゃったんだよな
30: 2017/09/18(月) 19:40:43.78 ID:CBf1UXaL0
初の一軍昇格でその日にサヨナラタイムリーかなんか打って次の日いきなりスタメンマスクで活躍してた記憶あるな
キャッチャーというポジションらしく怪我に泣かされた野球人生でしたね
お疲れ様
キャッチャーというポジションらしく怪我に泣かされた野球人生でしたね
お疲れ様
33: 2017/09/18(月) 19:44:32.17 ID:BUqmF/EL0
これで野村監督時代の現役選手は球児だけかな?
下手すりゃ星野監督時代の現役も球児だけ?
下手すりゃ星野監督時代の現役も球児だけ?
39: 2017/09/18(月) 19:47:09.80 ID:UwAUbZe50
うろ覚えだけど確か捕手として育っていく最中に城島が来ちゃったんだっけか
引用元:http://hayabusa9.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1505730245/
コメント
お疲れさん
ユニフォームは宝物や
去年のしんどい時期1人で代打で踏ん張ってくれてありがとう
スローイングに課題があったけど、克服できる範囲内だったし
あと、盗塁できる捕手というのも魅力的だった
狩野がケガせず捕手やれてたら間違いなくAクラスどころか優勝あったやろね
似た境遇の原口には狩野が果たせかった捕手で是非頑張って欲しい
どんなレジェンドでも仕事だから楽しいことなんか一個なかったとか哀しい後ろ足で砂かけるような事言うて引退して欲しくないし
やっぱりキャッチャーって大変なんやね、、お疲れ様。
翌年に城島がきて正捕手奪われた
城島が怪我したら一緒にヘルニア発症して捕手出来なくなった
滅茶苦茶巡りの悪い選手だったけど
結構勝負強かったからここまで残れた
お疲れさん
ってのが良いな
良いと思う
それ、帰りはどんな雰囲気やったん?
さらに腰痛で育成落ち、去年は代打枠、ほんとにありがとう。
本当にお疲れ様でした
お疲れさまでした(`;ω;´)
事実自他球団あわせて声援:罵声の比率が最も高かったと言っても過言ではないと思う
おつかれさまでした
たしか9回に三点差やってみんなニコニコしてる中あかんわ言うてたらサヨナラで帰りは俺だけテンションアゲアゲで高笑いしてた
そこでHR含む4安打とかやって生き残ったんよな
結果あれで選手寿命が3年伸びたことになった
巡り合わせが悪かったけど試合の勝負強さは本物やった
そっかあ。3点差を追いついてのサヨナラ勝ちやから、周りが巨人ファンばかりでもテンション上がるよな
俺は、山間部を走る特急電車の中で辛うじてAMの電波を拾って、その瞬間、歓喜したのを覚えているわ
鳥谷はどんでん初年度の2004年が1年目だから星野の時はいないで
サヨナラヒットはほんとわすれん・・・
ベンチで後輩に怒っていたのもあったなぁ・・・・・(桜井だったかな)
一番古いのが球児だけかぁ・・・・・あとはノウミさん
小宮山や岡崎もそうか・・・・・
レギュラーを掴みかけた時に城島の移籍があったり、ヘルニアになったりと波乱万丈な選手生活だったと思います
でも地道な努力を続け、気づいたら代打の切り札になった時には驚きと同時にとても嬉しくなったのを覚えています
どうか引退しても、またタイガースを支えてくれて本当に嬉しいです!ありがとうございました!引退試合あれば見に行きます!
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