
阪神は2020年、球団史上最多となる外国人選手8人体制でV奪回に挑む。球団創設85周年のメモリアルイヤー。かつてタテジマのユニホームに袖を通した助っ人を年度別で振り返る。1985年はゲイルの登場だ。
1月下旬、メジャー通算55勝のキャリアを誇るゲイルはバースと共に来日した。身長198センチの長身。「二階から投げ下ろす感じで打者に対して心理的な怖さを与えられたことが、背が高くて得したことだ。成績よりもチームに貢献したい。そのために力は惜しまない」と意気込んだ。
初勝利は4月14日・広島戦。150球の熱投でチームにシーズン初白星を贈った。その後もローテの軸として奮闘する。33試合、190回3分の2を投げ、13勝8敗、防御率4・30。21年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献した。
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1月下旬、メジャー通算55勝のキャリアを誇るゲイルはバースと共に来日した。身長198センチの長身。「二階から投げ下ろす感じで打者に対して心理的な怖さを与えられたことが、背が高くて得したことだ。成績よりもチームに貢献したい。そのために力は惜しまない」と意気込んだ。
初勝利は4月14日・広島戦。150球の熱投でチームにシーズン初白星を贈った。その後もローテの軸として奮闘する。33試合、190回3分の2を投げ、13勝8敗、防御率4・30。21年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献した。
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【この記事への反応】
・防御率4.30で13勝などと、今の阪神では絶対あり得ないな(笑)当時では、あれだけの長身から投げ下ろすタイプの投手が珍しかったから、最初はよく抑えていた。シーズン最後の方は余り良くなかった。
このシーズンは、打力は凄かったのは勿論だけど、中継ぎ、抑えも安定してた。日本シリーズでの福間VS西岡はちょっとした伝説だし。
・1985年6月にナゴヤ球場でラジオを聞きながらゲイルが登板した試合を見ていたアナウンサーが、アメリカではワールドシリーズにも先発した
実績を持つ投手と紹介していた凄い投手が来てくれた、そんな事を思っていた、そしてこの時はこの年の日本シリーズで2勝も上げるとは想像すら出来なかった
勝ち運を運んで来てくれたのだろうか振り返るとそう思えてならない。
・ゲイルはよく覚えています。背の高い投手で上から投げ下ろしていました。
85年入団当初は大活躍しました。但し後半は全く良い所が無く、完全にセの打者に慣れられていました。
翌年の活躍は望めず、このまま解雇だと思っていたら、日本シリーズで初対戦の西武打線が全く打てなくて、シリーズ2勝上げて、シリーズ優秀選手賞を取りました。
そのためか?翌年も残留したが、案の定、セでは全く通用せず、その年で解雇されました。吉田監督は「ゲイルは文句も多く、前年に切っておくべきだった」と発言しています。
翌年からキーオが来て大活躍したので、ゲイル解雇の影響は無かったのですが、阪神唯一の日本一であるこのシリーズの投手陣で最大の功労者なので、ファンとしては記憶に残る選手です。
・西武との日本シリーズでは、ゲイルの活躍は目覚ましいものがあった。
第2戦は石毛のソロのみに抑えて中西に繋ぎ、第6戦も石毛の一発や秋山のタイムリーがあったものの、3点に抑えて完投している。
吉田監督が言っていたように、もし第7戦までもつれていたら、阪神は危なかった。第7戦の先発は、第3戦で打たれた虎ボルタか、マイクしかいなかった。
・↑たぶん第1戦完封、第5戦4回途中2失点降板の池田を第7戦も登板させたと思いますよ。中田は第3戦でノックアウトされ、仲田はまだ先発は荷が重いでしょう。
西武は、第1戦第4戦先発の松沼兄でしょうから、先取点が重要な面白い試合になったと思います。阪神がリードしたら、昨年まで先発だった中西をロングリリーフさせたと思います。
・後半は失速したが、前半はエースだったな。特に巨人戦で江川と投げ合い、岡田のツーランであげた二点を守りきって完封した試合は生観戦したので特に印象深い。
・正直な話し、もう少し防御率がいいと勘違いしていました…
あの頃は、ボールが今と違っていたから…
ある意味、投手に、とっては苦難だったでしょう…
懐かしいですね…
・阪神タイガースの歴代優良外国人投手としてジーン・バッキー、マット・キーオ、ランディ・メッセンジャー、ジェフ・ウィリアムス、トレイ・ムーアといった投手の名前が出てきますが(若林忠志氏は日系米国人ではありますが日本の学校教育(法政大学)を受けていたので除外)リチャード・ゲイル投手の名前を忘れてはいけませんでしたね!
・当時は打線もかなり良かった、真弓、バース、掛布、岡田、後佐野も、チームが変われば誰も4番打者、終盤まで負けてても、絶対逆転するイメージが、まあ先発も中田、池田、ゲイル等、そこそこまとまっていたな~
・「投ゲイル、飛バース」「勝利を呼んだ外人二重面相」
このシーズンの新聞見出しにあったよね。
・当時のスポーツ新聞の見出しに、なゲイルとバース(投げ〜る飛ば〜す)とあったのを思い出した
・防御率4.30で13勝などと、今の阪神では絶対あり得ないな(笑)当時では、あれだけの長身から投げ下ろすタイプの投手が珍しかったから、最初はよく抑えていた。シーズン最後の方は余り良くなかった。
このシーズンは、打力は凄かったのは勿論だけど、中継ぎ、抑えも安定してた。日本シリーズでの福間VS西岡はちょっとした伝説だし。
・1985年6月にナゴヤ球場でラジオを聞きながらゲイルが登板した試合を見ていたアナウンサーが、アメリカではワールドシリーズにも先発した
実績を持つ投手と紹介していた凄い投手が来てくれた、そんな事を思っていた、そしてこの時はこの年の日本シリーズで2勝も上げるとは想像すら出来なかった
勝ち運を運んで来てくれたのだろうか振り返るとそう思えてならない。
・ゲイルはよく覚えています。背の高い投手で上から投げ下ろしていました。
85年入団当初は大活躍しました。但し後半は全く良い所が無く、完全にセの打者に慣れられていました。
翌年の活躍は望めず、このまま解雇だと思っていたら、日本シリーズで初対戦の西武打線が全く打てなくて、シリーズ2勝上げて、シリーズ優秀選手賞を取りました。
そのためか?翌年も残留したが、案の定、セでは全く通用せず、その年で解雇されました。吉田監督は「ゲイルは文句も多く、前年に切っておくべきだった」と発言しています。
翌年からキーオが来て大活躍したので、ゲイル解雇の影響は無かったのですが、阪神唯一の日本一であるこのシリーズの投手陣で最大の功労者なので、ファンとしては記憶に残る選手です。
・西武との日本シリーズでは、ゲイルの活躍は目覚ましいものがあった。
第2戦は石毛のソロのみに抑えて中西に繋ぎ、第6戦も石毛の一発や秋山のタイムリーがあったものの、3点に抑えて完投している。
吉田監督が言っていたように、もし第7戦までもつれていたら、阪神は危なかった。第7戦の先発は、第3戦で打たれた虎ボルタか、マイクしかいなかった。
・↑たぶん第1戦完封、第5戦4回途中2失点降板の池田を第7戦も登板させたと思いますよ。中田は第3戦でノックアウトされ、仲田はまだ先発は荷が重いでしょう。
西武は、第1戦第4戦先発の松沼兄でしょうから、先取点が重要な面白い試合になったと思います。阪神がリードしたら、昨年まで先発だった中西をロングリリーフさせたと思います。
・後半は失速したが、前半はエースだったな。特に巨人戦で江川と投げ合い、岡田のツーランであげた二点を守りきって完封した試合は生観戦したので特に印象深い。
・正直な話し、もう少し防御率がいいと勘違いしていました…
あの頃は、ボールが今と違っていたから…
ある意味、投手に、とっては苦難だったでしょう…
懐かしいですね…
・阪神タイガースの歴代優良外国人投手としてジーン・バッキー、マット・キーオ、ランディ・メッセンジャー、ジェフ・ウィリアムス、トレイ・ムーアといった投手の名前が出てきますが(若林忠志氏は日系米国人ではありますが日本の学校教育(法政大学)を受けていたので除外)リチャード・ゲイル投手の名前を忘れてはいけませんでしたね!
・当時は打線もかなり良かった、真弓、バース、掛布、岡田、後佐野も、チームが変われば誰も4番打者、終盤まで負けてても、絶対逆転するイメージが、まあ先発も中田、池田、ゲイル等、そこそこまとまっていたな~
・「投ゲイル、飛バース」「勝利を呼んだ外人二重面相」
このシーズンの新聞見出しにあったよね。
・当時のスポーツ新聞の見出しに、なゲイルとバース(投げ〜る飛ば〜す)とあったのを思い出した
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