
1: 2018/01/23(火) 16:33:35.84 ID:1+jxNNZzH
どうなん?
2: 2018/01/23(火) 16:34:22.18 ID:An0Bygg40
うん
3: 2018/01/23(火) 16:34:38.12 ID:WLtWHp3i0
せやで
エガヤンて呼ばれてた
エガヤンて呼ばれてた
4: 2018/01/23(火) 16:34:49.98 ID:1+jxNNZzH
そうなんだぁ
6: 2018/01/23(火) 16:35:22.20 ID:XcuqHxh30
制度がアホやから野球ができへん
7: 2018/01/23(火) 16:35:46.78 ID:+1RA/j5qa
背番号3やっけ?
8: 2018/01/23(火) 16:36:01.65 ID:ZPRip0pR0
なんでOB会出ないの?
9: 2018/01/23(火) 16:36:22.43 ID:oNM6ebH50
阪神の生え抜きOBや
10: 2018/01/23(火) 16:36:30.01 ID:3bQAAdqa0
阪神戦の解説をするときは
「阪神OBの江川です」って挨拶するのが定番
「阪神OBの江川です」って挨拶するのが定番
11: 2018/01/23(火) 16:36:59.11 ID:WLtWHp3i0
「悪魔でも阪神です」言うとったやん
江川事件(えがわじけん)とは、1978年のドラフト会議前日にプロ野球セ・リーグの読売ジャイアンツとの電撃的な入団契約を結んだ投手・江川卓の去就をめぐる一連の騒動である。江川問題(えがわもんだい)、江川騒動(えがわそうどう)、空白の一日(くうはくのいちにち)とも言われる。
3度目のドラフト会議
他球団は江川を指名する意思は無かったとされるが、巨人の抜け駆け契約に抗議する形で江川を指名する球団が現れ、ドラフト会議において南海ホークス、近鉄バファローズ、ロッテオリオンズ、阪神タイガースの4球団が1位指名した。ただし江川を指名しても騒動や裁判に巻き込まれる恐れがあり、確実に取れる選手を獲得するために江川指名を回避する球団もあった。この年から採用された「複数球団による重複指名→抽選」方式によって、4球団の抽選の結果、阪神が交渉権を獲得[8]。これに対し、巨人側はあくまで江川との契約の正当性を主張。「全12球団が出席していないドラフト会議は無効であり、阪神に江川交渉権獲得はない」と日本野球機構の金子鋭コミッショナーに提訴した。また、11月23日、巨人側は江川卓選手の地位保全の仮処分申請を東京地裁に申請した。巨人のオーナーであった正力亨は江川との交渉権が認められないのであれば巨人がセ・リーグを脱退してドラフト制度に左右されない新リーグを作る構想を公言。そのため、12月中旬でありながら翌年の開催日程も組めない非常事態に追い込まれた。
12月21日、金子は「ドラフト会議欠席は巨人側が勝手に行ったこと」とし、ドラフト会議の結果はそのまま有効に。その上で「江川と巨人による入団契約は認めない」ことと「阪神の江川に対する交渉権獲得を認める」ことを正式に決定した。
コミッショナーの強い要望
金子は巨人の訴えを退けたが、翌12月22日のプロ野球実行委員会において「江川には一度阪神と入団契約を交わしてもらい、その後すぐに巨人にトレードさせる形での解決を望む」という“強い要望”を提示した。これは、江川獲得の正当性やセ・リーグ脱退を主張する巨人に対する批判が強まり、今後のプロ野球運営に支障をきたす可能性が出てきていたため、「江川の巨人入り」という巨人の当初の目的を達成させることによって問題の解決を図ろうとするものだった。野球協約では新人選手の公式戦開幕前の移籍は禁止されていたが、金子はそれを承知の上でトレードによる解決を提案した。この“強い要望”を公表したとき、金子は「各球団の実行委員もほぼ同意してくれた」と語っているが、阪神はこれに強く反発。小津正次郎球団社長も「王貞治を用意したとしてもトレードには出さない」と繰り返し発言していた。一方、巨人は前記のコミッショナー裁定を受けて12月27日に「空白の一日」による江川との契約を解除した。これにより阪神が正式に江川との交渉を開始することになったが、江川サイドはトレードの確約を得られないことから阪神に不信感を抱き、契約交渉ははかどらなかった。
電撃トレード
しかし、1979年1月31日、巨人と阪神は、阪神が江川と一度入団契約を交わし、同日中に小林繁との交換トレードをすると発表。阪神は最終的に金子の要望を受け入れることとなった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%B7%9D%E4%BA%8B%E4%BB%B6
3度目のドラフト会議
他球団は江川を指名する意思は無かったとされるが、巨人の抜け駆け契約に抗議する形で江川を指名する球団が現れ、ドラフト会議において南海ホークス、近鉄バファローズ、ロッテオリオンズ、阪神タイガースの4球団が1位指名した。ただし江川を指名しても騒動や裁判に巻き込まれる恐れがあり、確実に取れる選手を獲得するために江川指名を回避する球団もあった。この年から採用された「複数球団による重複指名→抽選」方式によって、4球団の抽選の結果、阪神が交渉権を獲得[8]。これに対し、巨人側はあくまで江川との契約の正当性を主張。「全12球団が出席していないドラフト会議は無効であり、阪神に江川交渉権獲得はない」と日本野球機構の金子鋭コミッショナーに提訴した。また、11月23日、巨人側は江川卓選手の地位保全の仮処分申請を東京地裁に申請した。巨人のオーナーであった正力亨は江川との交渉権が認められないのであれば巨人がセ・リーグを脱退してドラフト制度に左右されない新リーグを作る構想を公言。そのため、12月中旬でありながら翌年の開催日程も組めない非常事態に追い込まれた。
12月21日、金子は「ドラフト会議欠席は巨人側が勝手に行ったこと」とし、ドラフト会議の結果はそのまま有効に。その上で「江川と巨人による入団契約は認めない」ことと「阪神の江川に対する交渉権獲得を認める」ことを正式に決定した。
コミッショナーの強い要望
金子は巨人の訴えを退けたが、翌12月22日のプロ野球実行委員会において「江川には一度阪神と入団契約を交わしてもらい、その後すぐに巨人にトレードさせる形での解決を望む」という“強い要望”を提示した。これは、江川獲得の正当性やセ・リーグ脱退を主張する巨人に対する批判が強まり、今後のプロ野球運営に支障をきたす可能性が出てきていたため、「江川の巨人入り」という巨人の当初の目的を達成させることによって問題の解決を図ろうとするものだった。野球協約では新人選手の公式戦開幕前の移籍は禁止されていたが、金子はそれを承知の上でトレードによる解決を提案した。この“強い要望”を公表したとき、金子は「各球団の実行委員もほぼ同意してくれた」と語っているが、阪神はこれに強く反発。小津正次郎球団社長も「王貞治を用意したとしてもトレードには出さない」と繰り返し発言していた。一方、巨人は前記のコミッショナー裁定を受けて12月27日に「空白の一日」による江川との契約を解除した。これにより阪神が正式に江川との交渉を開始することになったが、江川サイドはトレードの確約を得られないことから阪神に不信感を抱き、契約交渉ははかどらなかった。
電撃トレード
しかし、1979年1月31日、巨人と阪神は、阪神が江川と一度入団契約を交わし、同日中に小林繁との交換トレードをすると発表。阪神は最終的に金子の要望を受け入れることとなった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%B7%9D%E4%BA%8B%E4%BB%B6
引用元:http://hawk.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1516692815/
コメント
まぁ昔から好き放題やらかしていた巨人だから
このケースは赤子をひねるぐらいの事件
江川は短命だったし阪神江川が大成したとは思えなないからね
最近は裏金賭博と巨人ルールできないのはざまあ
昔は自分達が得になるようなことばっかりしてたよな
なにが「巨人軍は紳士たれ」やねん
どの口が言うてるねんっていつも思ってた
おまえ何歳やねん。
江川ピーマン北の湖
上手い事言うもんだね(´・ω・`)
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