久保コーチが育てた
2: 2018/02/04(日) 14:29:37.95 ID:C6s9UV+n0.net
おいらはボイヤー
3: 2018/02/04(日) 14:29:46.57 ID:CUPqqLCF0.net
今思えばそんなに悪くなかった
4: 2018/02/04(日) 14:29:54.20 ID:019frWgXM.net
マットボイヤーやろ?
5: 2018/02/04(日) 14:30:42.24 ID:CUPqqLCF0.net
>>4
ブレインボイヤー
ブレインボイヤー
6: 2018/02/04(日) 14:30:50.28 ID:FP4CfcIjM.net
ぺろぺろ
7: 2018/02/04(日) 14:31:00.68 ID:CUPqqLCF0.net
地味にメジャーで400試合投げてる
8: 2018/02/04(日) 14:32:10.82 ID:6++8aRF6d.net
こいつはハマスタ思い出すわ
とんでもない結果だったろ
とんでもない結果だったろ
9: 2018/02/04(日) 15:28:07.85 ID:8Y1LI1dmi
手ぺろぺろおじさん
10:
ブレイン・トーマス・ボイヤー(Blaine Thomas Boyer, 1981年7月11日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ出身のプロ野球選手。右投右打。現在はフリーエージェント(FA)。愛称はグランデ・ロホ。
阪神時代
2013年5月26日に阪神タイガースと契約した。背番号は「44」で、登録名はボイヤー。阪神では、長年セットアッパーやクローザーを務めていた藤川球児が開幕前にシカゴ・カブスへ移籍。これを機に先発からクローザーに回った久保康友や、セットアッパーの安藤優也・福原忍が5月に入って調子を落としていたこともあって、速球派にして制球力の高いボイヤーの獲得で救援陣の強化を図った。
入団後は、二軍での調整を経て、6月21日に初めての出場選手登録。同月23日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)で、一軍デビューを果たした。その後は中継ぎ要員として登板を重ねていたが、150 km/h台の速球を連投しても相手打者から空振りを奪えないという弱点を露呈。次第に集中打を浴びるようになったことから、7月26日に左腕投手のロバート・ザラテと入れ替わる格好で出場選手登録を抹消された。二軍では投手コーチの久保康生のもとで投球フォームを修正し、球数を多く投げて動作を浸透させるために先発にも挑戦した。8月21日に救援要員として再び一軍へ昇格。来日10試合目の一軍戦登板になった8月23日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)で来日初勝利を挙げると、翌24日の同カードでも救援登板で勝利投手になった。その後の公式戦でも10試合中7試合に登板したが、登板過多の影響で右肩の張りを訴えたことから、9月5日に再び出場選手登録を抹消された。なお、同月17日には一軍に復帰。終盤戦からクライマックスシリーズ(阪神がシーズン2位でファーストステージまで進出)にかけても、中継ぎ投手として登板を重ねた。しかし、球団がシーズン終了後に呉昇桓とマウロ・ゴメスを獲得したことから、一軍で同時に出場できる外国人選手枠(最大4名)との兼ね合いで退団に至った。12月2日に自由契約となった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%96%E3%AC%E3%A4%E3%B3%E3%BB%E3%9C%E3%A4%E3%A4%E3%BC
阪神時代
2013年5月26日に阪神タイガースと契約した。背番号は「44」で、登録名はボイヤー。阪神では、長年セットアッパーやクローザーを務めていた藤川球児が開幕前にシカゴ・カブスへ移籍。これを機に先発からクローザーに回った久保康友や、セットアッパーの安藤優也・福原忍が5月に入って調子を落としていたこともあって、速球派にして制球力の高いボイヤーの獲得で救援陣の強化を図った。
入団後は、二軍での調整を経て、6月21日に初めての出場選手登録。同月23日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)で、一軍デビューを果たした。その後は中継ぎ要員として登板を重ねていたが、150 km/h台の速球を連投しても相手打者から空振りを奪えないという弱点を露呈。次第に集中打を浴びるようになったことから、7月26日に左腕投手のロバート・ザラテと入れ替わる格好で出場選手登録を抹消された。二軍では投手コーチの久保康生のもとで投球フォームを修正し、球数を多く投げて動作を浸透させるために先発にも挑戦した。8月21日に救援要員として再び一軍へ昇格。来日10試合目の一軍戦登板になった8月23日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)で来日初勝利を挙げると、翌24日の同カードでも救援登板で勝利投手になった。その後の公式戦でも10試合中7試合に登板したが、登板過多の影響で右肩の張りを訴えたことから、9月5日に再び出場選手登録を抹消された。なお、同月17日には一軍に復帰。終盤戦からクライマックスシリーズ(阪神がシーズン2位でファーストステージまで進出)にかけても、中継ぎ投手として登板を重ねた。しかし、球団がシーズン終了後に呉昇桓とマウロ・ゴメスを獲得したことから、一軍で同時に出場できる外国人選手枠(最大4名)との兼ね合いで退団に至った。12月2日に自由契約となった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%96%E3%AC%E3%A4%E3%B3%E3%BB%E3%9C%E3%A4%E3%A4%E3%BC
引用元:http://tomcat.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1517722163/

コメント
セリーグの他球団行かなくて良かった
戻って普通にメジャーで活躍してたのは良かった
来日当初は見てなかったし2軍でよう仕込んだわ
※4
サターは投げるボールは悪くなかったけど、難しい場面で使うのは、ね・・・
鳴尾浜カーブを自分の形に出来たのはメッセとボイヤーだけだし残しても良かったけどまぁ翌年の4人が強すぎたな
というかメジャー復帰後に68試合も投げてる年あって草
去年も普通に投げててさらに草
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